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東京地方裁判所 昭和41年(手ワ)2933号 判決 1967年4月03日

原告 株式会社東京長谷川工務店

原告 長谷川湧士

原告ら訴訟代理人弁護士 柿沼映二

被告 小河内観光開発株式会社

右訴訟代理人弁護士 朝山豊三

主文

被告は

原告株式会社東京長谷川工務店に対し二、二〇〇万円およびこれに対する昭和四一年一〇月二七日から完済までの年六分の割合による金員を

原告長谷川湧士に対し七五〇万円およびこれに対する右同日から完済までの右同率による金員を、

それぞれ支払わなければならない

原告らのその余の請求を棄却する

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担とし、その一を原告らの負担とする。

この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告は原告株式会社長谷川工務店に対し、二、四〇〇万円およびこれに対する昭和四一年一〇月二七日から完済までの年六分の割合による金員を、原告長谷川湧士に対し七八〇万円およびこれに対する右同日から完済までの右同率による金員を、それぞれ支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告株式会社東京長谷川工務店(以下原告会社という)は別紙目録一記載の(一)ないし(八)の、原告長谷川湧士は同二記載の(一)ないし(四)の各約束手形の所持人である。

右手形はいずれも被告の代表者であった長棟至元が権限に基き、その代表者名義により振出した手形である。

二、原告会社は右(五)の手形を訴外有限会社林座材木店に、同会社は訴外中ノ郷信用組合に裏書譲渡し、また原告会社は右(六)の手形を訴外手塚工業株式会社に、同会社は訴外富士銀行に裏書譲渡したが、原告会社は、順次買戻しにより再びこれらの手形の所持人となった。

三、よって、被告に対し右各手形金およびこれに対する訴状送達日の翌日である昭和四一年一〇月二七日から完済までの年六分の割合による法定の遅延損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、請求原因事実のうち、原告らがその主張の各記載のある本件手形を所持することおよび同手形が被告の前代表者であった長棟至元により、その代表者名義で振出されたものであることを認める。

本件手形はいずれも前記長棟至元が被告の代表権を失った後に振出した手形であって無効である。

長棟至元が権限なくして本件手形を振出した事情は次のとおりである。

すなわち、被告は昭和三九年に入って事業不振に陥り多額の債務を負って倒産寸前の状態となったので、同年八月頃被告の現代表者である田島将光に経営の援助を求めた。そこで田島将光は被告の代表者となって差し当り被告の事業資金として三、〇〇〇万円を援助することにし、同年九月一五日、それまでの代表者であった長棟至元と交替して被告の新代表取締役に就任した。

長棟至元は右同日被告の代表取締役を辞任したのであるがその以前から代表取締役を辞任することが確定的となっておりその辞任前においても自己の専決により手形を振出すことはできない事情にあった。

本件手形は、いずれも長棟至元が被告の代表者を辞任するに当り、被告に対する自己の出資を回収する意図のものに、被告の記名判や代表者印鑑等が手許にあるのを利用して振出した手形である。

そして、本件手形のうち昭和三九年九月二四日付振出の手形(別紙目録一記載の(七)、(八)の手形)はその振出日付からみても長棟至元が代表者を辞任した後に振出された手形であることが明らかであるし、その余の各手形についてはその振出日付として前記代表者辞任前の日付が記載されているけれどもこれらの手形はいずれも長棟至元の代表者辞任後に振出されたもので、ただ辞任前の日に遡って日付が記載されたものに過ぎない。仮りにそうでないとしてもこれらの手形は長棟至元が代表者を辞任する直前頃に、前記の事情で独断で手形を振出すことができなかったのに、権限を濫用して独断で振出した手形である。しかして、原告らはこの権限の濫用について悪意でこれらの手形の振出を受けたものである。

一、本件手形が仮りに前記長棟至元の代表者であった当時に振出されたものとしても、本件手形の振出については次の理由により被告の取締役会の承認を要するのにその承認がないので振出は無効である。

すなわち、本件手形振出の当時原告長谷川湧士は被告の取締役と原告会社の代表取締役とを兼ねていたから、本件の全部の手形はいずれもその振出について、商法第二六五条所定の被告の取締役会の承認を必要とするものであるし、また前記長棟至元は原告会社設立と同時にその取締役となって現在まで引続きその地位にあり、かつ昭和三九年九月一五日まで被告の代表取締役をも兼ねていたから、同人が双方の取締役を兼ねていた当時に原告会社に振出された別紙目録一記載の(一)ないし(六)の手形振出については商法第二六五条を類推し被告の取締役会の承認を要すべきものである。

三、更に本件手形は、いずれも、原告らと被告との間に振出の原因関係となるべき債務がないのに振出された手形である。

四、したがって被告は本件手形金の支払義務を負わない。

原告ら訴訟代理人は、被告の主張に対し、次のとおり述べた。

一、本件手形振出の当時、原告長谷川湧士が被告の取締役と原告会社の代表取締役とを兼ねていたこと、また長棟至元が被告主張の期間引続き原告会社の取締役であり、かつ被告主張の時期に被告の代表取締役を辞任したがそれまでその地位をも兼ねていたことを認める。

二、しかし、本件手形のうち別紙目録一記載の(一)ないし(六)、同二記載の(一)ないし(三)の手形については元来その振出について被告の取締役会の承認を必要としないものである。

その理由は次のとおりである。

すなわち、原告らはそれぞれ次のとおり被告に金銭を貸与した。

(一)  原告会社貸与分

昭和三七年一一月八日 一五〇万円

昭和三七年一一月一七日 一、五〇〇万円

昭和三七年一二月五日 一五〇万円

昭和三七年一二月二五日 二〇〇万円

昭和三八年三月一日 二〇〇万円

(二)  原告長谷川湧士貸与分

昭和三七年一一月一七日 六五〇万円

昭和三七年一二月二五日 一〇〇万円

原告らは右金銭貸与の都度その担保として被告からそれぞれの貸与金銭に見合う約束手形を受取っており、これらの手形はいずれもはぼ一カ月ないし一カ月半位に書替えられて、最後に書替えられた手形が別紙目録一記載の(一)ないし(六)、二記載の(一)ないし(三)手形である。

しかして、前記金銭貸借およびその担保のための前記原始手形振出の当時は、被告代表者長棟至元が原告会社の取締役を兼ねていたけれども、これによっては原告会社と被告との取引が商法第二六五条に該当する取引となるものではないし、また原告長谷川湧士はまだ被告の取締役ではなかったのであるから、原告らと被告との前記金銭貸借および原始手形の振出について被告の取締役会の承認を得る必要はなかったことはいうまでもない。

そして、前記各手形はいずれも、有効に振出された前記原始手形の書替え手形であるから、その振出について、被告の取締役会の承認を必要としないのである

三、仮りにそうでないとしても、本件手形のうち別紙目録一掲載の(一)ないし(六)、同二記載の(一)ないし(三)の手形については、その振出およびその原因関係でもある前記金銭貸借につき昭和三八年九月二九日被告の取締役会の承認があった。

四、仮りに本件手形の振出について被告の取締役会の承認がないとしても、原告らはその承認があったものと信じて手形を取得したのであるから、被告は本件手形の振出について責を負うべきである

五、別紙目録一記載の(一)ないし(六)、同二記載の(一)ないし(三)の各手形の原因関係として、各金銭貸借が行われたことは前記のとおりであり、なお本件手形のうちその余の三通の手形につきその原因関係として、原告らは次のとおり被告に金銭を貸与しているから、本件手形はいずれも原因関係の債務があるものである。

(一)  原告会社貸与分

昭和三九年四月一日 二〇〇万円

(二)  原告長谷川湧士貸与分

昭和三九年四月一日 三〇万円

被告訴訟代理人は、原告らの主張に対し次のとおり述べた。

一、原告ら主張の金銭貸借の事実を否認する。

二、原告ら主張の、被告の取締役会の承認が仮りになされたとしても右承認は包括的になされたもので有効な承認とはいえない。<以下省略>。

理由

一、本件手形が被告代表者長棟至元の名義により同人により振出されたものであることおよび同人が昭和三九年九月一五日被告の代表取締役を辞任するまでその地位にあったものであることは当事者間に争いがない。

被告は本件手形がいずれも、前記長棟至元により同人が被告の代表者を辞任した後に権限なく振出した手形であって無効であるかまたは同人が辞任の直前に権限を濫用して振出した手形であって無効であると主張しているので、この点について順次検討を加える。

(一)  先ず振出の時期について検討するのに、本件手形のうち別紙目録一記載の(七)、(八)の手形には前記長棟至元が被告の代表者を辞任した後の振出日付が、またその余の各手形には辞任前の振出日付がそれぞれ記載されていることは当事者間に争いのないところである<省略>。本件手形はいずれもその振出日付として記載された日頃に振出されたものであることが認められこの認定に反する証拠はない。

そうだとすると、別紙目録一記載の(七)、(八)の手形は長棟至元が被告の代表者を辞任した後に同人が振出した手形である(その権限の有無についてはここではふれない)が、その余の本件各手形はいずれも同人が被告の代表者であった当時において、その地位に基いて振出した手形であることは明らかである。

(二)  次に権限の濫用に当るかどうかについ検討するのに、前記目録一記載の(七)、(八)の手形を除くその余の手形についてはその振出の頃被告の経営状態の行詰まりに発端して経営陣交替の話があり、前記長棟至元が近々被告の代表者を辞任し交替に現代表者である田島将光が多額の資金を投下して被告の代表者に就任する運びとなることが確定的となっていたことは<省略>充分これを認めることができ、このような事情から推せば、当時長棟至元の業務執行について内部的に或る程度の制限が事実上存在したであろうことは推察されるところである。

しかしながら、これらの手形が前記長棟至元により右内部的な制限に反し、代表権限を濫用して振出されたものと認めるのに足りる的確な証拠がないばかりか、これらの手形は、後記認定のとおりいずれも従前原告らから被告に対して金銭を貸与し、その担保のため被告が振出していた手形をほぼ一カ月ないし一カ月半位に書替えるのが恒例となっていて、このような恒例にしたがって書替え手形として振出されたものであるから、このような手形の振出は、当時長棟至元の置かれた前記の立場においてもその専決により行うことができたものと解され、右長棟至元の被告会社業務執行について付された内部的制限はこれに及ぶことはない。これが権限の濫用に当るものということはできない。

二、次に本件手形の振出について、被告の取締役会の承認の要否およびその有無について考察を進める。

本件手形振出の当時、原告長谷川湧士が被告の取締役でありまた原告株式会社東京長谷川工務店(以下原告会社という)の代表取締役をも兼ねていたことは当事者間に争いがない。したがって、この事実によれば、本件手形の振出は被告とその取締役である原告長谷川湧士または同人によって代表されていた原告会社との間の取引であって商法第二六五条の取引に当るから、特段の事情がない限り被告の取締役会の承認を要することは多言を要しない。

(一)  先ず、本件手形のうち別紙目録一記載の(七)、(八)、同二記載の(四)の手形(以下単に三通の手形という)の振出については、これにつき被告の取締役会の承認を必要としないものと認めるべき特段の事情の存在および取締役会の承認があったことについて何の主張も立証もない。

したがって、これら三通の手形の振出は前記法条所定の取締役会の承認のない行為であって(このうち、別紙目録一記載(七)、(八)の手形について前記長棟至元が被告の代表者辞任後に手形を振出すのについて後任代表者からの授権があった旨の主張もない)無効である。

原告らは、これらの手形振出について被告の取締役会の承認があったものと信じて手形を取得したとして、被告が手形振出の無効を主張し得ないかの如く主張しているけれども、前記法条所定の取締役会の承認のない手形振出は、取得者の善意、悪意を問わず無効であると解すべきである。

(二)  次に、前記三通の手形を除くその余の手形の振出については、原告ら主張のような特別の事情により被告の取締役会の承認を必要としないものであるかどうかを問題とする余地がないではないが、もしその承認があれば右の問題点を検討する実益もないわけであるから、先ずその承認の有無について検討する。<省略>。

原告らは、被告の事業資金に充てるために、昭和三七年一一月から同三八年三月にかけてそれぞれ原告ら主張のとおり被告に金銭を貸与し、その都度担保として被告から貸与金額に見合う約束手形を受取り、これをほぼ一カ月ないし一カ月半位の間隔で順次書替えてきた。しかし、原告らの貸与金額が多額に達したのに伴い、原告長谷川湧士は被告に迎えられてその取締役に就任することになり、昭和三八年九月二九日これに就任するとともに、その機会に同日被告の取締役会が開かれ、原告らの前記既存の金銭貸借およびそのための手形振出と将来の手形書替えとについてその承認の決議がなされた。

以上のとおり認定することができる<省略>。

しかして、前記三通の手形以外の右各手形が前述の各金銭貸借の担保として振出された手形の書替え手形として振出されたものであることは証人長棟至元の証言と原告長谷川湧士本人尋問の結果とによって明らかであるから、結局これらの手形はいずれも被告の取締役会の前記承認に基いて振出されたものである。

もっとも、これらの手形振出の当時、被告の代表者であった前記長棟至元が原告会社の取締役をも兼ねていたことは当事者間に争いがなく、これの手形のうち原告会社に対する手形の振出については、被告主張のように商法第二六五条を類推すべきかどうか問題となりうるが、前記認定のとおり被告の取締役会の承認があった以上は、この点についても併せて承認があったものと推察されるので、とりわけて承認の要否という問題を検討しない。

被告は、取締役会の承認は個々の取引についてなされるべきもので右認定の承認のように包括的な承認は効力を生じないと主張するけれども、右承認は既存の金銭貸借とその担保手形についての既存の振出および将来にわたる書替えのための振出とについてなされたものであり、特定の取引から生じる将来の手形書替という限定された範囲での包括的な承認であり、無限定の取引に対する承認ではないのであるから、このような承認は有効であると解される。<以下省略>。

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